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TOMOIKU 共育-経営者が思う21世紀

経営30年で経験や想うをことを綴っています。センスある生き方や生活が彩られますように…

あなたに心の拠り所はありますか?辛い時は心を整える片付けをしましょう

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心の拠り所が明日を彩る

毎日生きていると楽しいことばかりではなく、心がすり減っていくのを感じることがあります。

 

日々穏やかな気持ちで過ごしたくても、仕事が忙しく自分の時間がとれなかったり、人間関係や金銭トラブルがあったりすることが続くと、心が不安定になって安心できる場所や心の拠り所がほしくなります。

 

いつのドラマだか忘れたのですが、ドラマ「相棒」でやり手弁護士が犬嫌いと思われていたけれど、実は深夜遅くに帰宅しても玄関で待ってくれていた拠り所の犬と別れるのが辛くて殺人事件を起こしてしまうというようなストーリーがありました。

 

私、すごくその気持ちがわかるのです。

 

もちろん殺人事件などと、あってなならないことなので、その殺意に関しては批判対象になりますが、仕事で疲れて辛いこともあり唯一の心の拠り所であった犬を失っては、明日が見えなくなってしまうほどの絶望を感じてしまうのでしょう。

 

それが、犬が天寿を全うできるという自分が納得できる失い方であれば、心の整理ができます。

 

私も昔から動物が好きで、動物との生活が絶えたことがありません。

 

若い時と年を重ねてからからでは、犬の教育に関しても全く違う育て方になっていますが、私の心にいる位置は全く変わりません。

 

仕事で疲れ嫌なことがあって帰宅した時に、全身で喜んで迎えてくれる動物達は、嫌なことや辛いことがある心を開放してくれます。


人それぞれその対象物が違って、動物・植物・書籍・音楽・宗教など心が安定を求める場と言える心の拠り所になっているようですね。


私は年を重ねているからかもしれませんが、日々の生活の中で人間を心の拠り所の対象物にはしません。

 

両親とも他界しましたので、亡くなった人の言葉は変更されることがないため、仕事で困った時は父親の言葉をよく思い出し、「ダメだ!私、まだまだできていない!頑張ろう!」となります。

 

主人や子供、独身の方は彼や彼女を対象物にする場合が多いのだと思いますが、私は主人や子供だから対象物にはしないのです。

 

私の思うように動いてくれる訳ではないから余計イライラするし、子供も成長すれば「個」の考えがあるので、私の心の拠り所なんかにされてしまっては苦痛だと思うので、踏み込まないようにしています。

 

母親が子供を心の拠り所や生きがいにしてしまうと「親子共依存」といって、子供が生きて行きにくい子になるので、気をつけなければなりません。

 

tomoiku.com

 

ただ、最後の最後に心の拠り所となるのは「家族」だと思っていますが、日々の生活の中で人間を対象にすることは、双方にとって苦痛に成りかねないとさえ思っています。

これはあくまでも、私の考えです。

 


辛い時は心を整える片付け

 

人間は「社会」という枠の中で生きていて、法律や道徳に従って地域・日本・地球という場で共同生活をしているようなものだと思っているのですが、その最低ルールがある上で、私は自分を縛り付けている不自由を、心の中で片付けするように心がけています。

 

自分で手放したほうがいいとわかっているにも関わらず、何故か手放さない。

 

手放さないばかりか、そのことに固執してしまうこともあります。

 

それは、人かもしれないし、思想かもしれないし、親の教え…人それぞれ。

 

なぜだか、自分の価値を奪うかもしれないものに占領されている心。

 

それを部屋に例えるならば、ガラクタがいっぱいなのです。

そんなに散らかっている部屋で、気持ちのよい生活ができる訳がないのです。

 

不要である物事や、危険を感じたり不愉快になる人などのガラクタを心の中で整理すると、とても楽になります。

 

人の整理と言っても、無視するとか態度をあからさまに示すということではなく、自分の心の中を占領させないのです。

 

攻撃してくる嫌な人や物事ばかりを占領されてしまうのが人の心ですが、考えてみてください、それが心の中で整理されて何か困りますか?

 

心が散らかった状態だと、大切なものに気づきにくくなります。

 

必要なものを楽しみながら磨いて大切にする方が、心を整えられると思うのです。

 

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心の片付けの後に見えてくる拠り所

自分の心を潤わせてくれる「拠り所」

 

心のガラクタの片付けをしても、日々新しい問題が発生します。

 

人間の汚いところを見続けると、純粋な動物の目や、汚れのない花や自然の景色に癒されることがあります。

 

お年寄りたちが花が好きになる理由の1つは、「花はきれい。人間は汚い」という深層心理が働くからのようです。

 

そのように「綺麗」なものを求め、囲まれることで心の安定を築いていく自然な心なのでしょう。

 

自分の軸を大切に!

 

同じものを見て、人と自分が同じ感動をするわけではありません。

 

流行っているものは多くの人に受け入れられやすいもですが、人に合わせてばかりいると、心は物足りない気持や自分を見失った気持になります。

 

必ずしも他人と自分の求めるものが一致するとは限らないからです。

 

自分が心から魅せられている好きなものを求めていると、心の拠り所も見えてくると思いますよ。

 

自分の人生なのだから、誰にも見えない「心」は自分の好きな場所にしましょう。

 

いつか自分自身が拠り所となるかもしれませんよ♪