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TOMOIKU 共育-経営者が思う21世紀

経営30年で経験や想うをことを綴っています。センスある生き方や生活が彩られますように…

寄り道で知識や好奇心を生み、人生や時間を彩るのでは?電子書籍時代は辞書や百科事典が不要?

人間

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寄り道した知識が好奇心を生む

 

私が好きな方のブログRinのシンプル生活で、コンセプトが「…モノを極力増やさないシンプルな暮らし…」というテーマにものすごく共感して勉強になるので、まずは整理整頓をしようと思って、どうにもならない「本」を片付けしようと思ったのです。

 

とにかく「本」が多い!本を減らせば一部屋増えるので、小学校入学前の孫に提供すると言ってしまったからには、絶対片付けをしなければなりません。

 

まず、温活で30分もお風呂に入っているので、濡れてもよい本を読んで、捨てる方法がひとつ。

 

今は読まないけれど知識の復習として必要なものは電子化に変換。

子供の絵本や児童書は孫へ。

他は1円でもいいので売ってしまい、後は捨てる!

主人のマンガは「あしたジョー」「ゴルゴ31」「タッチ」など時代の初版がきれいで、しかも大量にあるので高く売れると思ったら…ダメ!って怒られた。

電子書籍で読める範囲の単行本は捨てましょうということで古本屋へ。(きっとタダ同然)

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長男は歴史で戦国時代から三国志に興味を持ち、代表される武将だけではない人達のことも良く知っているので、今でも自分で楽しむ時間を作っています。

 しかし、三国志のマンガが邪魔!全巻キレイだから高く売れるのではないか?と思ってしまいます。

 これも息子にダメ!って怒られた…

お友達のブログΦPhylogで三国志を綴っている方がいて、すごく楽しみにしているのですが、その方のブログを読んだ後、わからなかった登場人物をこの本で確認しています(苦笑)

そして、読み始めると「いるいるこういう人!」と現代に当てはめると面白くなってやめられない…(片付けにならない…泣)

 

次男は、昔から科学が好きで、大学も理工学部を選択し、今でも科学雑誌Newton(ニュートン)を読み、内容を話してくれます。

興味のあるブログ人工知能伝習所で人工知能のことを書かれている方がいて、次男の書籍を借りながらその記事を読んでいます(苦笑)

 

そんなことを言っていたら、本当に減らせない!

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整理をして悩んだのは百科事典と辞書

 

寄り道から得る知識が豊富な百科事典

子供用百科事典は孫にあげればいいのだけど、大人の百科事典は片付けのつもりでつい読みいってしまい、このような機会がないと読まない…しかし捨てられない。

 

百科事典は調べるものでもあるけれど、その一冊を何となく見ていると興味が湧いてくるテーマのものがあります。

 

そのように寄り道をしていることで、ちょっと新しい発見や新しい知識を得ることができます。

 

息子達が雑学に興味があり、好きな分野があるのは、共通して「こども百科事典」を何となく見ていたからだと思ったのです。

 

兄弟で趣味の選択は私が苦手な分野で、こども百科事典から自らが好んでみつけた世界。

 

辞書や百科事典がデジタル化されてしまっては、調べることだけを検索して、何となく他の物も見てしまうという、寄り道ができない。

 

その無駄と思われる寄り道から、興味の湧くことを趣味にするとか、雑学の知識が得られるのではないか?…と思ってしまったのです。

 

よって、百科事典は部屋にしまい込まないで、リビングに出すことにしました。

 

果たして辞書のデジタル化だけでいいのか?

 

息子の大学は、入学と同時に国立大なのに半強制的に高額電子辞書の購入がありました。

高価な電子的な物の購入が多いことにビックリしたことを覚えています。

大学生になれば寄り道が目的ではなく、目的なるものをいかに早く処理するかということなのでしょう。

 

昔、深夜にボーっとTVを見ていると、「ジャパネットたかた」さんのあの声高い前社長の声で「こんなに小さい辞書で、コレも!コレも!数十冊の情報が入っているんです!さぁ~お得でしょ♪…という勢いで、購入しました。

 

当時は「鳥の囀り」も聞けるという、文字だけでは得られない魅力もありました。

 

でも、今はスマホのアプリをダウンロードするだけで、ある程度の情報を得られます。

 

我家の片隅にある「国語辞書」や「英和辞書」など、不要なのでしょうか?

 

学生は電子辞書のおかげで、重く分厚い辞書を持ち歩く必要が無くなり、今では辞書を持ち歩くということも専門性が高い文献を読み書きする時以外ではなくなったのではないでしょうか。

ネットで検索をし続けて様々な意見をまとめてみました。

 

じっくりと深く学びたい場合は紙の辞書

浅くても良いので効率的に素早く学びたい場合は電子辞書

子供の時は、根気よく調べ物をすることができるように紙の辞書で

高校前後からは、電子辞書で時間を効率よく使う

 

結局どちらも必要!

 

上記のような結論を出す方が多いようです。


デジタル技術が進歩して、紙を使用する事が無くなる時代が来るかもしれませんが、まだまだ紙の辞書は必要だと感じました。


効率を優先するがために、空や自然や四季を感じられないことが寂しい

 

大人になると日々の社会のスピードで情報を処理して、いつも走っている感じがします。

 

雪が降り・桜が咲き・ひまわりが咲き・山の木々は紅葉で美しくなる…

 

そのような移り変わりや、ちょっとした発見が少なくなっているような気がします。

 

ちょっと立ち止まって…

「百科事典の寄り道」と「辞書では時間を忘れるほどの調べ事」には、心を豊かにしてくれるものや、新しい発見があり、自分の時間を彩ってくれるような大切な物が宿ているように感じます。

 

今日の私は、整理整頓からはじまって、百科事典と辞書の行き先を考えて、最後には…「寄り道が大切」と訳解らない結果になりましたが、本はすべて捨てないでイラストや写真が綺麗な物と百科事典と辞書は、書籍部屋からリビングに移動するという結果になりました。

 

ん…物が増えたリビングの整理整頓はどうしたらいいのでしょう…?苦笑