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TOMOIKU 共育-経営者が思う21世紀

経営30年で経験や想うをことを綴っています。センスある生き方や生活が彩られますように…

「身の程」を超えた理想を持ったことで苦悩する!身の丈に合った暮らし方

人間

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挫折したことありますか?

私は若い時に「挫折」と思っていたことが、いまでは賢明な判断だったと思えることがいくつかあります。

挫折なのか?賢明な判断なのか?身の程にあった判断をした時、楽になる…!

 

 

逃げたのか?挫折なのか?それは、その後の「身の丈に合った暮らし方」で賢明な判断となる

スポーツで経験する挫折は、人生に役立つ

小学1年生から中学3年生まで、私は水泳選手でした。

小学6年生から中学3年生まで、全国で2位か3位で、1位をとったことがありません。

毎年1位を取る人は、ライバルだと思っていた人ではなく、毎年知られてない人で、中学からどんなに…どんなに苦しく、吐き気がするほどのトレーニングを重ねても、1位を取ることができませんでした。

「才能の違い?体格の違い?」という疑問の壁は拭えず、女性の場合は月に一回の生理がありますが、私は生理がきつい方だったので大会があるごとに生理日を薬で調整しなければならない…その上、女性体形とスポーツ体形と言って、選手にとってバストは邪魔でしかなく、そんなことで悩んでいる中学3年生でした。

私の親は病院の跡継ぎとして、進学校へ行くように誘導するわけではなく「命令」です。

全国大会に出場していると受験勉強をしなくても、高校へは推薦で行かれるので勉強をしなくてもいい状況が、当時は魅力でした。

でも、体形と薬で生理日を調整することに悩んでいたこともあり、水泳をやめる決心をして勉強し、医学部にある付属高校に行ったのですが、スポーツ界に慣れている私は、お坊ちゃま・お嬢様の世界が嫌いで嫌いで、最悪な高校生活でした。

私は、水泳から「逃げた」それは「挫折」と思っていました。

当時のスポ根時代は、殴れることなんて当たり前のようにあって、泳いでターンをするとき、ビーチサンダルやビート板でいきなり叩かれ、怒鳴られ…それでも、上手になりたかった。

必死に過ごしてきた12年間だったのに、私は逃げた…これを挫折というのかな。

 

努力することも才能と人に言われてきたけれど、天から授けられた「才能」ってあると思うのです。

スポーツ界の「努力すれば必ず報いられる」というのは、血を吐く思いでトレーニングをしても、ダメなことってやっぱりあります。

それは事業をしていても同じで、スタート時点で資産がある人と、無一文からスタートする人など、己の力ではどうしようもない「身の程」というものがあり、財産や才能で、自分に与えられた量や質の限度 を知ることは、挫折や逃げているのではないのではないか?と思うようになりました。

賢明な判断です。

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仕事は運の流れを感じた!

高校はアルバイト禁止だったので、ボランティアで児童障害児の水泳教室のコーチをすることが、土日の私の週末となり、そこで多くのことを学びました。

医者になることよりも、私は本当にそのことに関わっていたかった。

大学進学は、当たり前のように付属大学の医学部と決められる人生がイヤでイヤで、私は親に黙って某大学の教育学部を受けて結果、合格しています。

社会福祉主事になって活動することで、福祉の行政をちょっとでも動かせることができれば!と本気で思っていました。

でも…父が大学受験日の数日後他界して、病院の債務整理に追われることになり、私は大学を夜間に変更して昼間は保育園や幼稚園でアルバイトをしながら大学へ行き、平日深夜はレストランやBarで、土日は結構式場でピアノとエレクトーンの演奏のアルバイトをして授業料と生活費を作り出しています。

www.tomoiku.net

 

そこまでしても、やりたいことは変わらなかったのですが、どうしても「お金」がほしくて、デザインコンテストなどで賞金稼ぎなどをしている時、デザイン会社に誘われて、給料の良さからはじめはアルバイトだったのですが、会社のトラブルを解決していくことで、社員になって働くこととなります。

会社のトラブル…イタリアのファッションショーで不足なものがあり非常事態!

「私が今からイタリアに行きましょうか?」

こんなこともあり得る前提で、私は先生が海外に出かけている時は、パスポートを持参していました。

その足で空港に行って、イタリア語なんて全くわからないけど、いいや!どうにかなるかな…と、イタリア語の会話の本を買って、ハンドバックひとつで出発!

そのようなことが続き、私は大学に行かれるどころではなくなってしまい、単位と実習から国家試験で受けられる保育士や幼稚園教論資格だけ取得して退学しています。

お金が欲しかったこともありますが、保育の世界からデザインの世界に転職した訳は、また心の葛藤からはじまっています。

幼稚園での出来事なのですが、イジメっ子の親や、幼稚園ではいい子なのに家では悪い子というようなレッテルをはっている親御さんなどに、幼稚園での日常を報告するのですが、「子供を産んでいないあなたにわかる訳ない!」と言われたので、私は「子供を産んだ親なのに、子供の気持ちがわからないのか!」と言ってしまって、大騒ぎ。

ただただ母親にギューっと抱いてもらいたいという、寂しさからくる子供の心理だったのです。

保育士という立場がありながら本心を言ってしまったことは大反省しましたが、自分勝手な親理論に腹がたってしまったのです。

母親が育児でイライラするのは産んでわかったけれど、親になり孫がいるこの歳になっても、やはり私は当時の気持ちとかわりませんでした。

そんなことがきっかけで、また私はやりたかったことを途中で止めた。

仕方がなかった…と思えばそうなのだけど。

 

ただ、人生って努力が半分だけど、運も半分あると思うのです。

人生は、運と自分の生き方の方向付けと言いますが、流れるまま自然な相乗作用のような気がします。

背伸びをすれば苦しくなるし、楽を選択すると後で後悔するかもしれません。

そんな時「身の丈にあった判断」も必要だと思うのです。

夢と希望…

空飛ぶスーパーマンになりたいなんて、本気で思う人はいませんよね?

人はできる範囲⇒「身の丈・身の程」の夢を本気で考えた時に、成功する道筋ができるのだと思います。

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「やればできる!」は言う相手を間違えると悲劇がうまれる

心の中で呪文のように唱える「やればできる!」「私、まだ頑張れる!」

勉学やスポーツ、仕事でもサボっている人に「やればできる!」と勇気を出すように…頑張れるようにと応援するトークが使われます。

でも…その人、サボっているわけではないのかもしれない。

その方法しかわからない、気がつかない…など、親の教育によって出来上がってしまったことってあると思うのです。

苦労や努力の工程の経験値が低い場合、起業をしても「こんなはずではなかった」とすぐにやめてしまう。

「やればできる」という、「覚悟のベクトル」がまるで違う場合があり、自分のベクトルと他人と同じであると思うアドバイスは、言われた側を傷つけるだけです。

 

「身の丈を知る」という限度は少しも惨めなことではなく、その人が何をして生涯を生きていくのか?という部分と、目に見ることのない運命の接点で生きていくことが、無理をしないでちょっと頑張らなくてはならない場所なのではないでしょうか…。

身の丈に合った暮らしの覚悟をすれば、人を羨み卑下することもなく、気が楽になるのではないでしょうか…。

 

過ぎ去った後悔や挫折による方向転換は、私にとって「身の丈に合った暮らし方」ができる方向だった。

 

健康で家族が笑っている…そして、孫達もスクスク育っている。

その当たり前でありたいと願うことが、静かに流れている。

 

そして、若い時に漠然と思い描いていた「地域の福祉と学童教育・健康のための促進事業」の仕事から離れてしまったけれど、55歳まで経営していたことで、社会でもがき苦しみながら過ごした日々があるから、新しい会社をスタートでき、30年の経営スキルと人脈ができていることで、実行できる。

 

上場するような会社にできなかったのは、私の甘さもあるけれど、把握できる範囲で、目の前の責任しか取りたくないという、私の器が作り出したものだと思う。

 

きっと、背伸びをしていたら苦しかったであろう…

 

生きていく節目や決断する時「身の丈に合った判断」があったからこそ「今の暮らし」があるのだと思うのです。

 

※ 最上の黄色い花は「福寿草」と言います。

人生を花に例えた時、ランやユリ・バラと美しく凛としている花に憧れをもつかもしれません。

でも、私は、土の中でしっかりと根付き、踏まれても踏まれても土の上から顔を出してくれる…

そんな福寿草になりたいと思います