TOMOIKU 共育-経営者が思う21世紀

経営30年で経験や想うをことを綴っています。センスある生き方や生活が彩られますように…

ブログ記事の内容と実行動の矛盾に気が付かないのか?断捨離を考えた件

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記事を綴る前に、前置きをします。


私は「断捨離」に関して、何の共感も批判もありません。

きれいになることはいいこと。

無駄なゴミは捨てる。

不要なものは必要な人へと渡る方法を考え、整理整頓を心がける。

 

個人で楽しんでいる断捨離ではなく、人に迷惑をかけるようになった場合は、「断捨離」が悪いわけではなく、その人間がもともとそのような人だった…と思っている。


断捨離が悪いわけではない!

昔から誰もが普通にやってきたはずの行為「片付けて整理すること」は、普通に掃除のためにモノは捨ててきたはず。

私は単にゴミのような無駄なモノを捨てる時に「断捨離」と使いますが、実際はもっと多くの意味があると主張している人もいます。

それは寺の修行と同じ内容で、寺の修行では「身のまわりを清めるためにも掃除をして、心を整える…」その流れの意味合いを「断捨離」というワードに置換えたような気がします。


最近は、ニュースサイトで断捨離の事故の記事を目にすることが多くなりましたが、他人に被害を与えているからであり、断捨離で前向きになった人達には全く関係のないことなのに、批判されるブログ記事が多くなってきています。

個人がひとりで「断捨離」をしているのであれば、他人に迷惑をかけていないので、人に批判されることはないはずです。

 

今回の記事は、私の知人の会社の従業員との話です。

詳しい話は下記のページで綴っています。

 

www.tomoiku.net


実行動・言動の矛盾に気が付かないのか?


今日、不愉快なことがありました。

過去記事で、私の知人の会社の従業員の方の話を綴ったことがあります。

その彼女から今日連絡があり、頼み事をされたのです。

私の知り合いの会社を解雇されたので、もう私は彼女と関わることはないと思っていた人だったため、電話が来た時はビックリしました。

実は、彼女はブログを持ち、断捨離で結構なアクセス数がある方なんです。

もちろん、以前私が綴っているような、会社に損害を与えたことや、ご主人と離婚したことはブログでは伏せています。

どちらかといえば、彼女が会社で自ら断捨離したことで、きれいになって感謝されたというような記事になっています。

その彼女…実は本も出版しています。

今日の電話での会話内容は「その本を100冊ぐらい購入してくれないか?…」という相談だったのです。

出版する際に、自分で知人に直売りする予定だったらしいのですが、会社を解雇されたので売ることもできず、お金に困ってしまったようです。


以前、彼女と私との雑談で「私は本を処分できなくて…」と彼女に言ったことがあります。

「本なんて図書館で借りるもので、買うものじゃない…」と得意げな顔をして言われたので、私は苦笑いをして話を終わらせました。

その彼女が、私に対して本を購入して欲しいと頼めるのとは、どういうことでしょうか?

著書が他人の本は図書館で借りて、自分の本だけは購入してほしいと…?


それがお金が絡む時の人間の心理なのかもしれません。


彼女のようなブログ顔と実社会での顔を知ると、不愉快でなりません。

私はイベントの仕事をしていたので、知人に出版物を出している人が多く、頼まれれば大量購入して、TVやラジオ局の方達にくばったりして宣伝していました。

今回は、人柄に太鼓判を押せない状況の上、知人の会社に多大な迷惑をかけた彼女とは、今後付き合うこともないと思うので「今度、図書館で借りて読むね」と、購入はお断りしました。

今までどのように生きてきたか…という、結果だと思います。


断捨離について彼女は「信念」という言葉をよく使います。

 

私にとって「信念」とは、お金で言葉を覆したり、軸が揺れるものはなく、揺らがない心があるからこそ、魅力に感じるものだと思っています。

 

人にはそれぞれの考えがあると思うのですが、私は勝手にそう思っています。

彼女は家族や勤務先に迷惑をかけていることに気が付かず「信念」を貫いたのかもしれませんが、「本を断捨離し、購入することが無駄」と他人に言う…しかし、自分のお金のために、私には「本の購入を頼む」…

私には大きな「矛盾」となってしまうのです。

 

 


私の周りの断捨離を含むブログを運営している方達は、強制的なことは一切言わず、こういう考え方もありますよ♪こんな風にすると便利ですよ♪…という感じで、心地よいお付き合いさせていただいています。

文章から感じ取れる滲み出る人柄が、好きで付き合っています。

そして、そのようなお付き合いから、人は応援したいと思うものです。

今回の記事で、誤解されたくないので、残しておきます(^.^;

 

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質問で自分の暮らしを想像

スマホでGoogle検索する時、下段に関連記事などの紹介がありますが、そのブログ紹介で、誰が書いたのか忘れてしまいましたが、断捨離している人が質問にあった時のことが書かれていました。

質問内容は…

 

石油王になっても今の生活が心地よいと思えますか?

余命半年でも、今の生活がしたいですか?

老後不安がなくても、今の生活をしていますか?

 


…と、質問式に、断捨離について書かれていたのです。

この質問には、人間の奥深い心理を問うことが書かれていると思うのです。

 

石油王…。

私は、お金が湯水の如くあるのであれば、もうちょっと違う生活を希望すると思います。

この世を去る前に、もうちょっと社会に貢献したいかなぁ…

余命半年だったら、このままの生活を楽しみます。

老後不安がなかったら、もうちょっと遊びまわるかもしれません。笑


現在の収入や状況を心得、気持ちよく生活することが一番「幸せなこと」だと思うのです。

ミニマムな生活をしていても、モノに溢れている生活をしていても、自分が納得している生活をしているかどうかです。

その中で小さな出来事に感謝をしたり、小さなことを発見して改善していくような…自分にとって何が幸せなのかと、シンプルに考えると、私の年齢だからなのかもしれませんが、自分自身が笑顔でいるのか?…と考えます。

笑顔のまわりには、多くの笑顔が溢れていきます。

 

生きていくために「お金」はとても大切ですし、無くては生活ができません。

それぞれ違う環境の人を対象に、彼女のように断捨離こそ人生という信念を持つことで自分が正しく、社会や家族・人を卑下する心は、結果、人の助けを得られることもなく、家族と分かれ、会社に解雇されてしまうという、とても残念な結末となってしまうと思うのです。

それとも、「ブログで自分を演じて稼ぐ」という仕事だったとするならば、やはり「断捨離」が原因ではなく、人柄の問題だったということで、実行動の矛盾さえも発生しないことなのかもしれません。

私は、彼女との出来事で、自分自身もブログを綴る立場であることから、いろいろと考えてしまいました。

 

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